なやましくも ― 2011年12月04日 23時50分
ジグザグ道もすっかり隠れました。
またしても皮膚科のお世話に・・・
粉瘤(フンリュウ)というのをご存知でしょうか。
ある時点までは銀杏ほどのしこりとして認識していましたが、
最近、突然その中身と思われるものが噴出しまして、
量と悪臭にビビってしまい、
あわてて総合病院の受信相談で相談したところ、
「症状を聞く限り皮膚科だと思います」というので、
まずはいつもの皮膚科へ行くことにしました。
感染防止の抗生物質と塗り薬で、
ウミを出しながら症状の改善を待つといったところ。
白内障の手術待ちのさなかなんでこんな目にと愚痴る今日この頃。
月は重いか ― 2011年12月05日 18時38分
重い天気は ― 2011年12月06日 17時27分
雨でもレインウエアでウオーキングと洒落たものですが、
何年もたたないうちにしぼんでしまいました。
今日はやることを見つけたので少し身体を使いました。
やの字の量販店でやの字のカワ友さんに遭遇したり、
サムさんの旅行記を閲覧したりで過ごした次第。
一方、近隣は先週末に気温が真っ逆さまに低下したため、
狙ってたモミジが染まりましたね。
下手なりに色のきれいさに救われようと足を向けると・・・
右のリンクから行けるK10Dによる花助さんのはきれいです。
(CCDセンサーにはかないません)
昨年はタイミングを外した二卵性双生児的モミジ。
変色直後をつかまえました。
赤い方だけを裏側から
ただ寄っただけですが痛んだ葉も少なく良い感じ
目が覚めたかの ― 2011年12月07日 23時25分
いらなくなる ― 2011年12月08日 16時44分
小学の低学年から続く視力矯正の道は、
大学生のころコンタクトレンズへと進化しました。
コンタクトレンズの使い過ぎか、
目の細胞がかなり少なくなっており、
手遅れにならないうちにと、
眼内レンズを推奨されて数年たちました。
減った細胞は増えないとのことで怖いですね。
IPS細胞が実用化されない限りダメですかねえ。
おり良く(?)定期健診で白内障がみつかり、
眼内レンズを入れてもらうことになったのですが、
考えると永年世話になった身の回りの物で、
不要となるものがあります。
実に感慨深く・・・ぐすっ

・前列左から、ハードコンタクトレンズ
・ハードコンタクトレンズ用コンテナー
・非常用(旅行用)ワンデイタイプ・ソフトコンタクトレンズ
お疲れさまでしたと言ってやります
__________________________________
次は眼鏡類

・コンタクトレンズ装用時の単焦点老眼鏡(予備)
これらはすでに役目を終えました。
まあ老眼系なので付き合いはまだ十数年ですが、
お疲れではありましょう。
・コンタクトレンズを外した時の眼鏡
・コンタクトレンズを外した時のやや弱い眼鏡(言わばPC用)
これらは手術が終わるまでの間しばらくお世話になるものです。
手術で思うような結果が得られても、
細かい作業用の弱い補助的老眼鏡が必要らしいです。
ともかく楽しみやら、少し不安やらで。
動いた ― 2011年12月09日 18時48分
来季はどうしたものかと腰が引けていました。
新球団社長が子供の時、
「横浜大洋ホエールズの帽子をかぶってスタジアムへ通った」
という記事を読み、チーム名の中の社名には違和感がないのだと納得です。
個人的には後戻り感が払しょくできません。
もっともこのところスタジアムに足を運ばないファン、
なので大きなことは言えませんが。
そうこうしているうちに村田の移籍も決まったようです。
内川の活躍・優勝を見て居てもたってもいられなくなったのは理解できます。
プロとして自分を売るのだからそれで良いと思います。
一方、村田をつなぎとめられないようでは、
球界のファーム(受け売り表現)と化している我がベイスターズ、
情けない限りという気持ちもふつふつとわきます。
一条の光はハマのラミちゃんです。
彼にはプロ野球人魂を吹き込んでほしいものです。
何故ならば選手に一番欠けているものだと考えるから。
守備がイマイチでも、打撃が下降でもおつりが来ます。
中畑(ゼッコーチョー)清氏は、
WBCでナショナルチームを率いましたが、
行ってみればポテンシャルの高い選手の集合体を束ねただけ。
対象が弱小チームとなると、
本人がいみじくも「ゼロからスタート」と言っているように力は未知数。
新チームはGMが集めて監督が使うという構図でしょう。
育成不全やドラフト失敗で戦力不足のところ申し訳ありませんが、
高田GMがこれから補強するであろう戦力を、
十二分に駆使して善戦してもらいたいものです。
また選手諸君は、村田の背中はわかりづらかったですかね。
ラミちゃんのパフォーマンスの裏にみえかくれする、
プロの生き様をしっかり焼き付けるようにしてほしいものです。
やるのは選手!
少しでも前に進む意気込みが見えればファンはもう・・・
怪気炎から怪奇へ ― 2011年12月11日 01時04分
と軽い気持ちで待っていると、
くだんの月はどんどん雲におおわれていくではありませんか。
がっかりしてTVで我慢するかと思いながら、
こまめに空を見ると意外に風が強く、
23時前には月の周りに雲がなくなりましたので、
撮影を始めたのは良いですが、
なかなか思うような結果になりません。
しまいにあきらめて双眼鏡ですばるを観ていました。
露出がいい加減でピントの甘い月に見えます。
シャッタースピードを遅くすると少し意味が解ってきます。
隠れているところを明るくとるとこうなってしまいます。
ISO=160でSS=5秒でやってみました。
71FLが泣いています。ピン甘ご容赦。
ああはずかしい
けがの功名と言えなくもなく ― 2011年12月12日 14時47分
かざれない ― 2011年12月13日 15時39分
ごりごり ― 2011年12月18日 12時10分
当日は実際の手術は10分ちょっとなのですが、
手術前にやることは術前の最終診察とか
瞳孔を広げる目薬を2回、抗菌目薬を1回を1セットとして、
約2時間ほどで3セット点眼を受けました。
だんだん気分を盛り上げる効果もあり特別な雰囲気になります。
直前には麻酔を何回か点眼します。
手術中はこわいというより、とにかくまぶしく、
くしゃみが出て先生の手元が狂ったらどうしようなんてことでした。
水晶体を取り除くということは、
途中で目が見えなくなるのかと思ったら、
光源や侵入してくるツールはぼんやり見えて少し変な気分でした。
手術も佳境に入ったのは
突然やってきたゴリゴリされる異常な痛みで解りました。
それは予期していない目の奥でビー玉を転がすような感じでした。
「これ以上続いたら痛いと言おうか」というところで
『はい終わりました』
昨日は、翌日検診を受け、問題なしということで一安心。
ただ利き目をふさがれたまま19日いっぱいまで過ごすのは、
新聞・雑誌を観る気がせず、TVも見づらく厄介です。
この記事もやっとのことで書いています。
2回目の手術は、痛みも学習したので心構えができ、
利き目がある程度使えるので術後がだいぶ楽になると思います。
2種類の内服薬と目薬を1種類とを日に3度、
さらに2種類の目薬を日に5度使わなくてはならず、
当座はけっこう気が紛れます。
加えて20日になると、
23日に手術となる右目に、
抗菌目薬を日に5度点眼という離れ技を要求されます。
それでは23日の2回目手術に向けて気分を盛り上げましょう。



















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